君はいますぐ「Roid ロイド」を読むんだ!

百合姫で連載中の「Roid ロイド」の第1巻が発売された。待ち焦がれていた1冊。連載分全部が収められているので、続きが百合姫ですぐ読めるよ!

物語はちょっと未来の女子高専(?)。過去の事故から両足の自由を失った少女、双上唯。しかし彼女はうでっききのアンドロイドエンジニア。そんな唯が完成させたのは、彼女そっくりの見た目の、全身の人工筋肉で姿勢制御を行うアンドロイド。設計面では動くはずなのだが、リアルタイムで姿勢制御を達成できるOS、ソフトウェアが存在しない。残念ながら唯はハードウェアのエンジニアなのだ。

一方で彼女の後輩、一宮玲那(いちみやれいな)は、これまたうでっききのAIアーキテクト。しかし、そんな彼女のスキルをもってしてもこんなボディは駆動できないとのこと。唯一の方法は、人の意識をコピーして動かすしかない……! だが違法だ。

そんな中、一宮が何者かに攫われる事件が起こってしまう。一宮を助けるため、唯は自分の意識をアンドロイドにコピーするのだが……!

物語はそこから始まる。

意識をコピーされたアンドロイドは、オリジナルの唯の記憶を持っている。アンドロイドの体をもった、彼女は誰だなのか。人とアンドロイドの違い、意識とはなんぞや。歩けない唯と歩けるアンドロイド。

肉体面での性能はすべてがアンドロイドが上回っている。唯はそんな「彼女」にどんな思いを抱くのか。

そして百合みはどこにくるのか……!

もはや、私の好み過積載。目が離せません。

みんな、はやく読んで……!

古代祐三×ハーベストトークショーでパソコンサンデー感。

それらの音も、光も、少年の思い出とともに、地球上のすべての大気に飛散し、拡散し、消散して、今はもうない。

 「今はもうない」 森博嗣講談社文庫)

 

akiba-pc.watch.impress.co.jp

8/5は「古代祐三×ハーベスト トークショー」に参加できました。なんともよかった。日曜の神保町は人が居ない。そして夏の日差しに白くなる町並み。その風景は「匣の中の失楽」を思い出す。そんな中でのトークショーでした。アツい。

そんなイベントは3部構成。

1部 古代祐三×ハーベスト トークショー

2部 FM音源ドライバーズサミット 番外編

3部 古代祐三四方山話+α

会場入り口に、まじゃべんちゃーのねぎマージャン牌他ハーベスト会報などなどの展示。さらっと開発機88マークIISRが展示されてました。あー、古い88ってこの色になるよなー。なんでだろ。いや、それにしても「世界樹の迷宮」でも11年前ですよ。時間があっという間にすぎる。

 

第1部!

ああ、やっぱり東京ってすげぇなぁ。とつくづく思いました。友達の友達がめっちゃマイコンにくわしい、とかで辿っていって、集まっていく過程はまさに東京の人口密度。田舎だったので、そういうのなかったなぁ。ナイコン族でしたし、そんな近くに電気屋もなかったし。思い返せばベーマガのコードを読んで楽しむ不思議な時代。

友達に借りた88を返すからSRを買いに行ったとか、数件廻ってSRは1台しかなかったとか。田舎じゃありえないなぁ。88借りるってすげぇ。

新宿のキャロットとか、当時のゲームセンターの話がとてつもなく面白かったです。ナポリタンを食べてからドルアーガとか。ミライヤの話を聞きたかった(しつこい)。

 

第2部!

秘密のゲスト、メガテン細江さん登場してのドライバーズサミット。ドライバとはなんぞやは触れずにぶっこむスタイル。まぁ、だいじょぶでしょ。

古代さんがMUCOM88を開発した経緯が「みんな作ってるので、作ってみたらできた」が衝撃的でした。ドライバってそんな簡単にできるの?! 途中にMUCOM88のFM音源音色エディタの紹介も。各オペレータの波形が見ながらエディットできる優れたエディタでした。オペレータのパラメータとアルゴリズムで最終出力の想像ってつくのかな、つくのか。トーク中にも触れられてましたが、エミュレータでFM音源を鳴らすとなんだか違うように感じるのって、チップだけじゃなくて、アンプ、ADコンバータから出力までを含めて楽器なんだな、と思った次第。

古代さんが「音色は120番までは鉄板で、それ以降はゲームごとに自由」とのことで、この120番までの音色が作家性なのでしょう。ドライバこみで。

私はMNDRVが好きです(唐突)。

 

第3部!

セミの話。四方山がすぎる。そのあとはスパIIXで対戦。トークショーとは。

ゲームをもっと遊ぼう。ジョイスティックを握ろう。格ゲーたのしいよ!

 

という、イベントでした。

なんというか。

昔々。ベーマガテクノポリスコンプティーク、ログイン、ざべ、Oh!Xとかいろいろ。いろんな人たちを遠く遠く見ていた昔々。今はこうしてトークショーに参加できたりする。昔の自分にそう伝えたい。

イベント終了後に。

2009年のファミ詣のラスト。ブルボン小林さんが「昨年、三辻さんがなくなった。ゲームについて語って残していかないとならないし、僕たちはまだまだゲームについて語り足りない」と言われたのが印象的で、それを思い出しました。残そうとしないとゲームが消えるなんて思いもしなかった。ゲームを作った人たちがなにも残さず亡くなってしまうなんて考えもしなかった。「大東京トイボックス」#1のモモが「これは誰かがつくったんや」と気づくのだけれど、ゲームを作った人がいっぱいいっぱいいるんだと気づきもしなかった。

またのこういうイベントを楽しみに。

眠れない夜に忘れないためにポエムを書くんだ。

 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
池澤夏樹スティル・ライフ

インターネットにはポエムがあふれている。だから私も書こうと思ったのだ。

スティル・ライフ」を読んだのは、すでに若くないときだった。それでも、その冒頭のぴかぴかした言葉は、つるつるで、あっというまに私の奥まで潜っていった。そして私の一部となった。私の世界の一部となった。

透明感っていうのは、そういうつるつるさ、抵抗のなさ、あっというまに奥まで届いてしまう性質を指すのだ。

しかし、もう若くなかったので、そういった「世界」とは別に「社会」が存在していて、ふたつの世界の間に立っているとも知っていた。

そう「世界」と「社会」は別の存在だ。この2つを混同するのは不幸の第一歩だ。ただ、残念だが私たちは「社会」を使わなければ「世界」を維持できない。そういうふううにできている。

最近、社会がずいぶん物騒になった。2つの「世界」に攻撃的だ。とりわけ私の中の「世界」に。

いろいろなトランプ大統領の言葉を読んだとき「虐殺器官」を思い出した。そしてたとえどれほど遠くとも、私と彼とは同じ「社会」に居るのだから影響はあるのだが、そこまで気づけなかった。残念だが。

「遺伝子に刻まれた脳の機能だ。言語を生み出す器官だよ」
脳のなかにあらかじめ備わった、言語を生み出す器官。
その器官が発する、虐殺の予兆。

伊藤計劃虐殺器官

 最近は日本国内で虐殺の言葉を目にする機会が増えた。これが物騒に感じる理由だ。

「あなたは被害者になるはずだ」

「あなたは被害者のはずだ」

「あいつは敵のはずだ」

「あいつはずるをしているはずだ」

「あいつは悪い奴のはずだ」

「だから、あいつは攻撃していいはずだ」

虐殺の言葉は私が思ってもいないことを、私が考えたかのように伝えてくるのが、もしくは、私もそれを考えていたと思わせる。

そうやって虐殺の言葉は「社会」の「空気」を変えていく。とてもとても攻撃的に変えていく。未来を変えていく。

われわれは情況の変化には反射的に対応はし得ても、将来の情況を言葉で構成した予測には対応し得ない。

山本七平「「空気」の研究」 

 虐殺の言葉に反射的に対応した人たちが、空気を作り、未来を作っていくのだ。次第に、社会と、個人の世界の中にまでしみこんでいく。気づきもさせずに。

空気とはとても透明だからだ。

空気に従うのは無責任だ。だから従うのなら「私は空気に従った」と自発的に決定しなければならない。決定の責任は自己にあると理解しなければならない。理解しない人は、そういう空気だった、という。責任を空気に設定する。そして、自分も無責任だと、そういう人に同意するしかなくなる。

日本軍の戦略策定は一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。

共著「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」 

いまだに「失敗の本質」の指摘からなにも学んでいない。

虐殺の言葉は空気を作る。静的な言葉しか使えないインターネット上ではすぐに虐殺の空気ができあがる。

だからインターネットはすでに内戦状態だ。

インターネットが社会となった今では、現実に内戦に発展しても不思議ではない。そして、そういう「空気」がある。

みんなどうしたんだ。どうしてそんなに攻撃的なんだ。なにと戦っているんだ。不幸だからか。

でも、攻撃をしても、自分の中の世界は幸せにならない。

木村俊介「漫画の仕事」かんそうぶん。

木村俊介「漫画の仕事」を読み終えた。ただしくは発売されてすぐ読み終えて、読み返し続けている。

4人の漫画家へのインタビュー集なのだけれど、インタビュアーとしての木村の言葉はでてこない。作家が一方的にしゃべっているような構成になっており、知りたい、触れたい作家の存在、息遣い、実在するんだと体感できる。この構成がすばらしく、何度でも読み返せる、読み返したいと思わせる、欲を抱かせる引き金になっている。

漫画においても、坪内逍遥小説神髄」にあるように人と時代性が描かれていてほしい。とりわけ連載が中心となる漫画だと、その時代性は(後から読むとキツいけど)どうしようもなくまとわりついてきて、そこがとりわけ漫画の価値だ(偉そうなこと言うけどさ)。

紹介されている作家はそれぞれが独自だ。この中にいくえみ綾がいるのが、もう、すげぇ。すげぇ。海野つなみもすげぇ。まだデカいの当ててきた。荒川弘はすげぇ。この本の趣旨にもっとも合致している。漫画を「経営」している。すげぇ。

その中の冬目景

彼女へのインタビューが読みたかった。たぶん、この作家の中で、唯一、漫画を描くしかなかった人だと思えたから。認めたくないけれど、私はそうあってほしかった。のかもしれない。

だから、彼女のインタビューはとてもかなしさとさみしさをまとっている。ひとつ、ひとつの言葉は他の作家からも出てきている、共通しているのだけれども、その言葉を選んだ心理がとても、さみしくみえてしまうのだ。

それを経て、昨日売りのコミックバーズが休刊、電子書籍移行が発表された。先月号にそんなの全然書いてなかったじゃんか……。「空電ノイズの姫君」も突然の回想話で、第一部完となった。

そこまで読んだとき「漫画の仕事」のインタビューを思い出した。

インタビュー中で「いつまで、できるのか」に言及しているのは冬目景だけだったのを思い出した(と、同時にとぎれず誘いがあるので幸運だとも語っているのだけれども)。

あー、もう。

「空電ノイズの姫君」が「いつかどこかで」またよめることを願っています。なんて、悲壮に思っててもすぐだったりしないかなぁ……。

「好きって言えない彼女じゃダメですか?」がさすがの玩具堂だった。

 

ひさしぶりの玩具堂の新刊「好きって言えない彼女じゃダメですか? 帆影さんはライトノベルを合理的に読みすぎる」。こうしてまた玩具堂の新刊が読めるだけでうれしいのですが、内容がこれまた好みで、いろいろ紆余曲折あったのだけれど、戻ってきた感覚でした。いいのよ? それは。「子ひつじ」以来の学園モノなので、作者としては葛藤があったのかな、なんてかんぐってしまいますが。いいのよ? それで。

物語としては、北村薫ばりの文学ミステリです。ライトノベルジャーゴン、ハイコンテクストを文芸部の帆影さんが人類の歴史へと落とし込んでいく、ダン・ブラウンばりの謎解き……! ライトノベルが紐解く人類進化の歴史の謎とは……?!

というのはさておいて。

無口読書系ヒロインがキマシタワー! 玩具堂の言葉使いの才とあいまって、そりゃあもう、本よまな……! という気持ちなること請け合いです。

冒頭の引用は「クローディアの秘密」。調べてみたところ日本語版は岩波少年文庫版しかないんですね。これ、めずらしく邦題がいいんですよ。

「クローディア」は退屈から家出した女の子がメトロポリタンミュージアムでこっそり暮らすお話です。私は深夜の噴水でコインをあつめるシーンがどきどきして印象的でした。

今回のその引用はおそらく異世界転生モノへの言及かなー、と。異世界家出。「86」の「高瀬舟」、「ソードアートオンライン」の「トロッコ」、「読者と主人公と二人のこれから」の「第七官界彷徨」、「三角の距離は限りないゼロ」の「スティル・ライフ」とか、引用が好きなんですよね。読んだ本が出てくるとちょっとうれしい。なんですが、章題、本文の引用、パロディっぽいのが見えるんだけど、ぜんぜん元ネタ判らないのがつらいっ……。

というのも、全部さておいて。

最後の最後。ホントに最後のエピローグがめっちゃくっちゃいいんですよ、これ。読み終わると、ホウ、と一息つきながら、またページを戻ってそこだけ読んでしまいました。やっぱり、友達といえばあだ名だとおもうんですよ、私は! ホカちゃん……! わたしも砂糖を吐くよ……!

つづきはよ……!

紫陽花の季節に「あさがおと加瀬さん。」を見るということ。

公開中の映画「あさがおと加瀬さん。」を見た。2回見た。

昨年公開の短編アニメの延長線上にあるOVAの劇場公開なんですけれど、先の短編アニメはミュージッククリップだったのですが、今回は物語がある! ぜんぜんちがう! のです。

このアニメ化のうれしさの中でも、とりわけ加瀬さんの声が! もう、ほんとに、バリネコofバリネコ(個人の見解)にしか聞こえなくって、最高です。

内容は「あさがおと加瀬さん。」のタイトルですが、原作の「おべんとうと加瀬さん。」と「ショートケーキと加瀬さん。」収録の短編を時系列に並べ替えて、間を付け加えた感じ。山田視点からの風景だと思える、水彩画の世界に、加瀬さんが登場すると、その視界に降り注ぎ、はじける「加瀬さん粒子」がとても、とてもまぶしいです。山田からみる加瀬さんは、こんなにも輝いていて、一瞬で世界をかえるのだなぁ、と。その微熱が伝わってきます。ほんとに、ちょっとした、暖かさ。一瞬で砕けて消える暖かさなんだけれども、途切れず降り注ぐ、暖かさ。そしてなによりまぶしい。さっきまで平坦だった薄い色の世界が一瞬で色づく。原作まんがも山田よりではあるのだけれど(Wings本誌連載はなんとなく加瀬さん視点)アニメははっきりと山田の世界。

ああ、もう、ほんと、この原作との「調子」の違いに価値があると思うのです。コマのおおきさや、キャラの崩し方で調子を作るまんがとは違うのは当然なんですが、アニメは声、音、明暗とかちょっとしたことだったり、明確な演出だったりで、山田の世界を作り上げてるのです。

続編あるのかなぁ。近作ですけど「粉雪と加瀬さん。」のカメラを構える山田のシーンが大好きなので、動画にならないかなー、なんて期待してます。あと、ぜんぜん関係ないけど、エンディングスタッフロールのフォントはなになんだろう……。手書きなんてのはありえないんだろうけど、風味のあるフォントで、見終わった心地よさに一役かってると思うのです。

「見上げると君は」が好みすぎる

evening.moae.jp

背の高い女の子、大好きです。

イブニングの新連載「見上げると君は」が好みすぎて、毎回楽しみ。といっても、まだ2回だけど。この第2回がここまでで第1回にしてほしかったと痛烈に願い、天を見上げるほどに、面白かった。

出てきた3人とも、それぞれに「心の傷」をもってそうに思える、ただ騒騒しいだけじゃない物語の始まりを感じさせます。

なにより丁寧さ。P12のギターのアップのコマで、弦の太さが書き分けられているところ。ここ重要です。

熱狂をもって「ライアーバード」が終わってしまったその余韻のうちに始まった、ギターとボーイミーツガールの物語。期待しかありません。つづきはよ。