フライ先生の個展「Marguerite」にいった話。

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行ってきましたよ。どうでもいいけど「行って来た」と書くとどっちやねんと思いませんかね。思いませんか。思ってください。

現人神ことフライ先生の個展です。期待していたとおり、ギャラリー内は視界にそのイラストしか入ってきません。すごい。もともと乏しい語彙が剥奪されるくらいすごい。

キャラクターデザインはそのキャラクターの物語を知っているだけに、その特徴を一撃で伝える表情と姿勢だけで十分魅力的なのですが、やはり、やはり、百合姫表紙イラスト、これまでに発表されてきた、名もなき女の子たちのはかない目線だったり、日常のヒトコマだったりが、とりわけ魅力的で、ずっとずっと見ていました。

会場にはものすごくおおきなスクリーンが2枚展示されていたのですが、マーガレットがあしらわれていて見ごたえがありました。飾れるのなら買ったなぁ。同名の画集のこれまた同名のチャプター4の1枚目の「しとしと」にもマーガレットがあしらわれていて、とにかく、この1枚が大好きなのですが、会場では展示されていませんでしたが、その代わりにマーガレットがより大きく取り扱われているのだなぁ、と見ていました。大きい、とにかく、大きい絵は距離を置いて見たいので、たぶん、私は変な人だったでしょう。

たぶん、その変な人が一番見ていた、読んでいたのが「ペテルギウスが消えるころ」でした。なんというか、たぶん、スクバを持った女の子が好きなんですね、私。スクバって3年かけて作り上げる分身というか、成長すると思うんですよ。まぶしさの塊です。また「ペテルギウス」は背景の青のムラが印象的な1枚です。当然なんですが、アナログじゃないんですね、これ。とか思ってました。素地というか、見る目がないので、こうして大きくした絵をじっと読まないと判らないものです。

1時間くらい見て廻ってきました。いやー、たのしかったです。近場のかたはぜひどうぞ。

もし、これを見て行く方は是非物販で画集の「白いシャツを追いかけて」と「ペテルギウスが消えるころ」を買ってください。画集の「Marguerite」では本のとじしろ(のど?)に掛かっているイラストが途切れずに見られます。「白いシャツを追いかけて」は巻末に「今日、小柴葵に会えたら」のプロトタイプのようなイラストも収録されているので見所です。2冊そろえると「白」と「青」がそろいますし。「ペテルギウス」は青いです。とにかく青いです。痛いくらいに青いです。

それでは、いってらっしゃい。

 

ういろうとポスターと90年代。エムツーショットトリガーズ・BEEP大試遊祭にいったよの話。

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いってきました、大試遊祭。秋葉原はまだ夏でした。お目当てはX68K「コットン」。あとひさしぶりにXVIをみたくなったのです。何年越しの新作なんだろう。当時はまだ簡単なゲームの部類で私でも手が出せた「コットン」でしたが。TAKERUでキャラクターを「赤ずきんチャチャ」に変えたようなゲームが発売されてましたな。

5Fに到着すると、まず立ち話されているほりい社長を目にして面食らう。えっ。そのまま中に。「アレスタブランチ」ファイルフォルダーは配布終了したんかなー、出遅れたしなー、と配布されていたであろうブースを横目に見ながら「アレスタブランチ」の自機「アレスタドラグーン」のガレキ展示をじっと見学してました。

いや、これ、クッソかっけえですな。操縦席が後ろに配置されているデザインは、なにか名称があるんでしょうか。軍用語に暗いので語彙がでてきませんが、戦闘機というよりは、スポーツカーのようなフォルムでした。たぶん、当然のようにめくちゃくちゃ高速スクロールするからだな!

その後は「エスプレイドψ」のポスターをもらって「コットン」遊んで、と見回してみると「メガドラミニ」がみあたらんなー、と。後ろで「エスプ」はプレイされていたんですが、どこにあったのかしらん。もうすぐ発売されるから熱心に探さなかったんですが。ところでメガドラミニですが「アリシアドラグーン」と「ロードモナーク」で相当遊ぶ予定です。とりわけ「ロードモナーク」。

それよりなにより「コットン」ですよ「コットン」。XVI以降推奨? なのかな?(調べない)。ディスク起動で懐かしさ出会いがしらに最大値を記録しました。

その「コットン」の未来に「デススマイルズ」があると信じているので「エスプレイド」はその時の流れのなかの島のひとつではないですかね。なお「プロギア」は違う。あれは人間には遊べない。

X68K実機でプレイして、あー、やっぱりFM音源をハードウェアで鳴らすとちがうなー、と改めて感じました。過日、「CHIPSYNTH MD」のデモを聞いたんですが(見たかもしれない)、なんですかね、あのシャリシャリした音色。めちゃくちゃグッときます。起動画面を見ていないんですが、サウンドドライバはMDXなんですかね。昨日聞いた音はMDX+PCM8なんだと思いたい。PCM8の解説記事が掲載された「Oh! X」は宝物のひとつだから。

ついでですが、音で思い出す記憶ってありますね。X68Kスターラスター」起動音がほんと好きで、あれだけずっと聴いていたかったんですが、それもCDが出たので叶ったんですよねー。

もっとついでに、あのX68000のクリスタルライト(?)は当時はどういう経路で配布されてたんだろう、ツタンカーメンのもあったような? 気がする。ソフマップで俺はみたんだ! と記憶を探っていました。なんか、友達が持ってたんだよなぁ。どういう経路なんだ。

トークイベントもひとつみて、会場を後にしました。久保田ディレクターの「メトロクロス」の話に期待していたのですが特になし(あたりまえ)。

で。

帰宅途中にエムツー公式ツイッターで「遅れていたアレスタフォルダー今から配布します!」と目にする。えええええええええええええええええええええ。残念。また来世。もしくは特装版でお会いしましょう。「デスパレートハイスクール」かよ!!!! 「アレスタ」と「エスプ」の新情報もネット経由で取得。新キャラかー。

あとめちゃくちゃひさしぶりに、リュックにポスターを挿して秋葉原を歩きました。90年代スタイル。「アレスタ」以外は90年代のゲームばっかりだったもんなー。そんなイベントに行くとこうなるのでした。

次は「アレスタ」「ウブスナ」お披露目会かしらん。

1回の裏 「東京トイボクシーズ」

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月刊バンチでこの夏から連載中の「東京トイボクシーズ」。かつて「東京トイボックス」「大東京トイボックス」の攻守交替。プレイヤーサイドの物語がはじまった。

そのむかし吉崎観音ゲーメストから「ストIIのまんが」をと発注を受けて、プレイヤーの漫画を描こうとしたら、そうではなく、ゲームキャラクターの物語だった、という話を思い出した。プレイヤーサイドの物語が許される(大仰)になったのは、プロプレイヤーが現れたから、それとも、ゲームが普及したからか。ビデオゲームをプレイするのは特別な趣味じゃなくなったからか。

テーマはeスポーツ。舞台はちょっと未来。それでもまだeスポーツはキワモノ扱いだ。

 プロ野球だって、最初はキワモノあつかいだった。球団と契約したらまわりから罵倒されたりしている。プロの将棋指しも最初はそんなもんだった。真剣師がプロ棋士になったりしている。いまとなっては考えられないが。

「東京トイボクシーズ」第3話の主人公のスピーチがまんがの中だけでなく、現実の連中に届けとばかりに精一杯の腕力をのせて殴りかかってくる。

その腕力で現実と戦えるのか、が見所。

 学校を出ればすぐに稼げるわけでもない。道はあるが、そこを進むのには一歩一歩に金がかかるのだ。音楽学校を卒業しても、最初のうちは自己負担でレッスンを続けなければならない。そこを歩くためには、なにより、金が必要なのだよ。

大東京トイボックス」を連載していたバーズはなくなり、それでも帰ってきた。期待期待期待。

あと、いま面白いプレイヤーサイドの物語って「異世界おじさん」だと思うのだけれど、どうか。

 

あの日コラムスをえんえんやってたおっさんの名前を知る術はもうない。

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SEGAAGESからスイッチ用「コラムスII」がやっと発売された。即購入。そして「コラムスI」に夢中だ。「コラムス」といえば「I」なのだけれど、続編が出たために「I」をつけるの、なんか奇妙だ。バカボンのパパのような。

コラムス」である。メガドラでずっとあそんでいた。正確にはメガドラ2でずっと遊んでいた。メガドラの3ボタンコントローラーは左右がずれるので超絶遊びにくかった。メガドラ2の6Bはめちゃくちゃ遊びやすくて、「コラムス」と「ガンスター」を繰り返し遊んでいた。

その「コラムス」といえば、通っていたゲーセンにずっと置かれていて、スーツ姿のおっさんがずっとプレイしていた。たぶん、いや、絶対に別人なんだけど、誰かしらかスーツのおっさんが延々延々プレイしていた。めちゃくちゃ長い。今回の「コラムスII」には無限コラムスが選べるのだけれど、本来的に「コラムス」は無限に遊べるゲームだった。おっさん向け。そこには100円でどれだけ長く遊べるかという、ゲーセンであるべき姿の戦いがあったのだ。おっさん同士の戦いがあったんだ。

私がギャラクシアン3を遊んでいる後ろでコラムス、スズカエイトアワーズにはまっていた頃にもコラムスマッスルボマーのころにも、スーパーストリートファイターIIXのころにもコラムス、ヴァンパイアのころにもコラムスはあった。わたしが「ぐわんげ」に狂っていた頃にもまだあった。記憶ではそのあたりが最後だ。どれくらいまで置かれていたのか判らないし、そのゲーセンももう閉店したし。今となっては私の記憶も正しいのかもわからない。「ぐわんげ」は私1人しかやってなかったし。余談ながら「ぐわんげ」の面白さって銭のちゃりちゃり音なんですが(断言)PS4版「ケツイ」のデスティニーモードでも、そのちゃりちゃり音の快感が楽しめる。ちゃりちゃりしよう。あと「ぐわんげ」って「バトランティス」に似た味がしない? 

3DSの「コラムス」はその立体化におどろいて面白かったのだけれど、スイッチ版は大きなテレビでこれまでにないくっきりしたグラフィックで遊べるのにおどろいた。3DSでも十分宝石だったのだけれど、スイッチ版はもうほんとにすごい。ごんごん落とそう。

王の帰還 竹葉久美子「このなかに石油王がいます」

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やったー! 予定通り始まったよ、竹葉久美子さんの新連載がー! タグがハーレムなのが謎だけれど!

前作「やさしいセカイのつくりかた」がもう、心底大好きでした。新連載と電撃大王での告知からどれほど待ったことかー! でも予定通り!

いやもうほんと、1ページ目からこの、悪い顔の女が最高ですよ。竹葉久美子さんの書く、悪い顔をしている女がめちゃくちゃ印象的で、期待通りの始まりですよ、痛快。読みきりの「おねがい☆カタストロフィ」でも全開でめちゃくちゃパワーがあったのですが、連載は社会人モノ。女性キャラクターが男性のためにいるのではなく、自分自身のためにいる雰囲気が異彩です。やはり、男性向け、とかタグの誤り感がとめどなく、はてしないのですが……。

なにはともあれ、帰還を喜び、連載を楽しみにするのです。読め!

屋上と不機嫌 「空電の姫君」 第8話 かんそうぶん

空電の姫君第8話! 連載再開から半年!

今回はひさしぶりに不機嫌な夜祈子さんがメイン。どうした。日野君にほれたか。士君ちを片付けているときに日野君がきたら、顔を隠してたもんな。

こういうとき「空電ノイズの姫君」第1話の1ページを思い出す。

「夜祈子は最悪の女だった」

 

8月は休載、9月に第9話。1巻が10月なので、9月号にはジャケットが掲載されるといいなー。

とかなんとか。今月はここまで。

ふれる 「青に、ふれる。」

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あらすじは上記サイトに任せた。とにかく、いろいろ「今」を乗せたラブストーリーだ。まじオススメ。

その「青に、ふれる」の第1巻が発売された。上掲の作品ページでは主人公は顔を隠しているが、1巻ジャケットイラストでは、そんな小細工なく、正面からの強いまなざしをこちらに向けている。公式サイトに1巻の紹介がみあたらんのだが。なので、書店で見て欲しい。めちゃコミックで連載中だけれど、月刊アクションでも連載中。1巻で連載に追いつくので、ぜひ単行本を読んで欲しい。

誰だって、言い訳をもっている。この主人公のように痣がなければ、のように。目が、耳が、声が、手が、足が、肌が、などの先天性、同様に事故などでの後天性、他にも、もっと顔が整っていれば、頭がよければ、運動ができれば、背が高ければ、やせていれば、などなどいろいろ人それぞれに、言い訳を持っている。それは外に出さないように、それでも、なにかともらしてしまう「何か」だと思う。それを囲って生きていくしかない、和解するしかないし、可能なら解決するのかもしれない。

「青に、ふれる」の主人公は中学時代に登校拒否となり、1年間フリースクールに通った。外に出るだけで十分すごいのだけれど、1年の間に受験対策をすすめ、作中では高校生として全日制に通っている。もう十分に痣と和解しているように思えるのだが……、というところから物語が始まる。

印象的なシーンは2つ。

ひとつはフリースクールのシーン。あのフリースクール特有の湿度の高さが絵から感じられる。むせるような、あの湿度の高さはフリースクール特有だ。十分な資金支援がないため、施設は狭く、不登校児は増える一方である。善意で成り立っている側面も強く、私の経験としては、やはり、あの湿度の高い空気の記憶を刺激されずには読めなかった。それくらい、そのシーンに嘘はない。

もうひとつは単行本ラスト。「ずるい」と攻める/責めるシーン。生きていれば、たとえ、どのような経緯があろうと、立場が、関係があろうと、どうしようもなく、攻撃的になる、攻撃を止められない、感情が前に出てしまう状況には陥ってしまう。それは罠で、見えていて、それでも、その罠にかかることで、自分を被害者として設定して、攻撃を放ってしまう状況は、避けようもなくあるのだ。生きるとは、どれほど、自分と和解していても、それが和解した「つもり」であったり、「和解しなければならない」と理解しているだけだったりと、心底、人格の一部として溶け込むほどに「許す」のは、簡単ではない。それがむき出しになり、あれほど自分を攻撃した男をうんこ野郎とののしっておきながらも、主人公は、攻撃側に廻ってしまう。それも、反撃されない位置から攻撃してしまう。すべて理解して、攻撃を止められなかった、その気持ちが、あまりに重くて、また、自分の体験を引き出して、さらに重く感じられた。

と紹介すると、重いまんがみたいに読めるけど、ラブストーリーなんで、きゅんきゅんしながら読んでください。なんかもうね、そうね、幸せになって欲しいとだけ、全ページ、毎ページ祈りながら読んでます。

ではまた。