正しいが正しいわけでもない。UNOのルールは特に。
この春くらいに「UNO」の正しいルールが急にもりあがった。
【実は・・・公式ルール】
— ウノ(UNO)公式アカウント (@unogame_japan) 2019年5月7日
オフィシャルルールは、ドロー系カードを重ねることが出来ないんです。知ってました!?あくまで公式ルールですが。
あなたは重ねる?重ねない?#UNO #ウノ #ドロー4 #ドロー2 #公式ルール #ローカルルール #ドロー系カード pic.twitter.com/hkGcSIBkel
【実は・・・公式ルール】
— ウノ(UNO)公式アカウント (@unogame_japan) May 8, 2019
オフィシャルルールは、記号カードでもあがることが出来るんです。知ってました!?あくまで公式ルールですが。
あなたは記号カードであがる?あがらない?#UNO #ウノ #記号カード #公式ルール #ローカルルール pic.twitter.com/l5hY03hCFX
公式ルールについてはXBOXでUNOが配信されたときに「ハウスルール」としてスタッキングが別途もうけられていたため知ってはいた(スタッキングはドロー系カードを積み重ねられるルール)。
攻撃を防御する用意があるのと、ないのとでは、プレイ中のストレスがずいぶん異なるように思える。スタッキングありだとドローしたのは防御できなかったプレイヤーの責任、言ってしまえばドローをプレイしたプレイヤーの責任ではなく、自己責任である。公式ルールを採用するなら、攻撃した側もされるわけで、同等だとは感じるのだけれど、やはり防御の可能性があるのとないのとでは、ずいぶん違うのは当然である。
いちど公式ルールでプレイすると実感できるのだけれど、そのルールだと短時間で終わる。あまり意思決定の場面がなく、単にディールされた手札をプレイするだけだからだ。短時間で決着がつき、繰り返し遊べば勝ったり負けたりするので、結果としてゲームの体験は平等に近くなるだろう。
公式ルールは繰り返し遊ぶのが目的なのだ。1回遊んでおしまい、を意図していない。短時間で終わること、意思決定がすくないこと、なるたけ運で勝敗がきまること。ゲームデザインは無駄がない。そのあといろいろ追加ルールのあるUNOが発売されて入るけれど、いまひとつ歓迎されている雰囲気はない。
UNOってそういうゲームだと思うんだ。