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「量子カノジョ」が好きだった

2015年のアナログゲーム新作でもっとも好みだったのは「量子カノジョ」だったので、それについてつらつらと。

春のゲームマーケットで偶然にブースの前を通り、いったん通り過ぎたのだけれどすぐに戻って購入した。本を選ぶ時も同じでまずタイトルが好み。ゲームマーケットとなると、これだけで満足なんだけど実際にプレイしてみると、それで成立する物語性にただただしびれるばかりだった。成立しえないお嬢様、高嶺の花先輩は放課後に商店街に繰り出し、ちょっとすねてる後輩はなぜか君を意識している。そしてなにより、最強でありながら、その存在をもっとも認識できない幼馴染。デザインとテーマとがしっかり噛み合って、この雰囲気が好きな人ならまず独特の体験が心に残る。

ゲームとしてはインディアンポーカーなのだけれど、プレイヤーが得る情報は場に出されたカードではなく、どうしてほかのプレイヤーはそのカードを場に出したのか、を深く深く考える必要がある「スルース」も顔負けの推理ゲームだ。推理するのは心理。ゲーム中の情報をもってして、ゲームの外にいるプレイヤー心理を推理する。そこから導かれる自分のカノジョは収束するのか。思考はまずその一点に収束する。

ゲームを把握するにはすこし時間がかかる(インスト終わってはい全力、とはいかない)のだけれど、思考の方法、フレーミングだけ把握しきればそこには対人ゲームの奥底がひろがるばかりだ。そこから見える、僕のカノジョは誰なのか。

これだけでも十分に面白かったのだけれど、秋のゲームマーケット拡張カード「妹」が追加された。妹、である。間違いではない。タイトルは「量子カノジョ」だ。その中に妹がいるのだ。

なんという神のゲーム! 前述の物語性が一気に(間違った一方向に)深く深く広がったのだ! 妹の勝利条件は「年下」のみ。ほかの年下キャラがいれば処理できず、万が一幼馴染とぶつかった場合には、敗北だけではなく、幼馴染が勝利してしまう可能性すら存在する。にっくきあの幼馴染がおにいちゃんの彼女に!(まちがい)

すばらしい! ぜひ妹に収束させたい! 発売から一か月たつのですが未プレイなのが口惜しい。一度でいい、妹に収束させたい。そう願ってやまないのです。

アナログゲームの醍醐味である、対人プレイでの心理戦の奥深さ。それに足される日本のサブカルチャー(きれいに言い過ぎ)。このゲームから得られるプレイ経験、物語性、アトモスフィアはまちがいなくライトノベルのそれだ。かつて、MtGをプレイすることは物語を語ることに等しい、と言われた。このゲームの中にもまちがいなく、物語が眠っている。

ずいぶんと人を選ぶけど。